巻 頭 言 2007年
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【2007年12月号】
生き方(息の仕方)大丈夫? ―キレる子供と深呼吸ー
十一月初旬にNHK岡山放送の朝の番組で「キレる子供たち」と言う番組が放映されました。
残念ながら最後の部分しか垣間見ることができませんでしたが、岡山県下の某小学校の取り組みとしての取材でした。
「キレる」と言う言葉が市民権を得てもう久しいですが、当初は『我慢ができない子・充分な躾がなされてない子』と顰蹙の対象でしかなかったものが、そのことが原因で学級崩壊にまで至っているとするなら看過できない大問題です。 そのことから各分野で「キレる子ども」の研究がなされ出して現在では、環境ホルモン説・セレトニン説・摂取食物説・添加物説・家庭教育説…、と様々な原因が提起されています。
それらの中で岡山の某小学校教諭達が中心になって調査研究した結果が『深呼吸法』の導入でした。
テレビの画面に映っていたのは、教諭が教壇に立って、イスに座っている生徒たちに深呼吸の仕方を指導している場面でした。
なるほど深呼吸は酸欠状態になった脳に新鮮な酸素を補給し、ボゥとした状態や眠気・イライラを解消するので、本来のセルフコントロールが可能となってキレる感情を抑えることが
可能になるでしょう。
現在は他県の学校からも視察に訪れているそうですが、私はそのテレビ放映を見て直感的に学校現場での「坐禅普及の必要性」を実感しました。
坐禅の基本は「調身」「調息」「調心」の三調です。
深呼吸を行うには背筋を伸ばして腰を安定させなければなりません。そして肩の力を抜いて胸を張り姿勢を正さなければなりません。
そこで始めて深呼吸が可能になりますが、深呼吸は腹筋を使った腹式呼吸でなければなりません。
姿勢が整い呼吸が整うと自ずから心が落ち着いてセルフコントロールが働き非常時の「我慢ブレーキ」が作動可能となるのです。
是非とも授業の前後五分間でもイスでの坐禅を導入して欲しいものです。
そのことにより授業を聴く集中力が増して勉学が面白くなればキレることも 学級崩壊も解消するでしょう。
今の学校現場では、授業以外の事に力をとられ、職員が病弊し、先の文部省調査での「希望降格最多の八十四人」という状況を呈するのでしょう。
更に注文するなら授業で使用する「イス」の改良が必要です。
姿勢よく、長時間(四十五分間)座っても疲れない工夫を施したイスです。
喝破道場では足腰が不調な方の為の坐禅用にと工夫して作ったイス《禅坐》が好評です。
試坐を望まれる方にはお貸しいたします。
更に「キレる」ことに関しては家庭でのカロリーを考慮し愛情を込めた朝夕の食事と「家庭円満」が何よりの栄養でしょう。
「我慢」を育てるにはスポーツやキャンプなどでの集団生活も必要で、 『体力と耐力』はセットのようです。
いずれにしてもやがては自分一人で生きて行かなければならないわが子に何を教育してやらなければならないか、に尽きるようです。
―大燈記―
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【2007年11月号】
個性の涵養―スイングキッズの子供たちー
国際交流のお手伝いをさせて頂きました。
古い知人のAさんから「スイスのロマンスホーン市から親善大使として子供たち十四人を含めて二〇人がコンサートツァーで来県するが、すべてボランティアーでやっていて宿泊場所がないから道場で二日間泊めさせてもらえまいか」と言う申し出がありました。
聞いてみると十一才から十七才までの男女生徒が秋休みを利用してのツァーコンサートとかで、台湾での演奏を終えてよりの日本入りとのことでした。
幸いにペァハウス「随流荘」の使用予定が入っておりませんでしたので利用していただくことに致しました。
宿泊のお礼として道場の塾生と兄弟施設の若竹学園、そして亀山学園の児童生徒をコンサートに招待して下さることになりました。
当方としてはコンサートのご招待も有り難いけれどもスイスの子供たちと両学園の子供たちが交流できることをお願いしまして快諾を得ることが出来ました。
その後数ヶ月して十四名の子供たちが写った大きなコンサート用のポスターが届きましたので、若竹学園と亀山学園の施設内にも掲示しました。
もうその頃から「和尚さん、スイス人の子供たちがやって来るって本当?」と確かめにくる園生もいたりして噂で持ち切りでした。
学園生は和太鼓でスイスからの友達を迎える、と和太鼓演奏の練習に余念がありませんでした。
いよいよ来日の当夜、関西空港よりバスに揺られて随流荘に到着したスイスからの友達に、学園の子供たちが和太鼓の演奏で出迎えました。
スイスの子供たちは和太鼓の演奏を聞くのも、太鼓自体に触れることも始めてでしたので一人ひとり全員に撥で太鼓を叩いてもらいました。
ドラムのマーセル君を除いては全員が全くの素人でしたので間の抜けた音やら失敗して撥を落とすなどして一層和やかな交流会となりました。
交流の最後には全員で握手しあって名前を言い合いました。
翌日の夕刻には待望のコンサートが始まり、若竹学園からは約二〇名、亀山学園からは約三〇人、そして道場からは一〇人が招待券を頂いて入場しました。
待つこと暫し。いよいよ開幕して昨夜握手した子供たちが颯爽と、そして舞台のところ狭しとばかりの素晴らしい演奏でした。
共に和太鼓を囲んで一刻を過ごしたスイスの子供たちのあの堂々とした姿を見て園生や塾生達は何を感じたろうか、と考えました。
スイングキッズのリーダー木元大さんは「子供たちが音楽的に、また人間的に成長することはもちろんのこと、音楽を通じて世界中の人たちと交流を図ることが目的です」と語られていました。
更に「難しいものを下手にやるより易しいものを上手に表現することをモットーにしています」と。
どのように教育すれば彼らのような個性に溢れた子供たちが育つのか…、と深く考えさせられるスイスの少年たちとの交流でした。
―大燈記―
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【2007年10月号】
心の基礎体力 ―己を知って戦わば百戦危うからずー
時節は違うことなく秋色を帯びて来て「桐一葉落ちて天下の秋を知る」の一句が身につまされます。
喝破道場では先月の二十二日夜に「報恩月見茶会」を勉めさせていただきました。
今年で第二十九回を数えますが、現在、道場を支えて下さっている方々や、以前に修行として数ヶ月過ごした方など多くの方がお越しくださいました。
その中で、もう二十年以前に参禅者として来られていた方が訪れてくれました。「いやー、あの時は上司から抜擢されて課長になり、余りの重責から心身症となって入退院を繰り返している時に、知人の勧めでカッパに来たのでした。
本当にあの追い詰められたような時には、どんな形で自殺しょうか、と真剣に考えたものです。振り返ってみると、やはり能力以上の仕事を与えられると潰れる以外に道はありませんよ…」
彼は今、会社の現場で汗を流して働くことに生甲斐を感じている、と話してくれました。
何時ものことながら、仏教ではこの社会の在り様を「娑婆世界」と位置づけています。
思い通りにならないのが世の常なのです。
教育の原点は英・数・国・理・社ではなく、「生き抜く力」ではないでしょうか。
先のニュースで、業界では中堅クラスのある運送会社二代目社長が、就任一年目にして自殺をされたとか。
誠に痛ましい事件ですが「先代社長が約五〇年かかって築き上げてきた会社を引き継いで頑張っていましたが、経営の重みに耐えられなかったのではないか…」と同社専務がコメントされていました。
また先の総理安部普三氏は、退陣表明の翌日に「機能性胃腸障害」と診断されて入院されたそうです。与えられた職務を途中で投げ出さなくてはいけなくなったことに対して、誰よりも本人が一番苦しんでいるでしょう。
娑婆世界とは現代流に表現するとストレス社会と言うことになるのでしょう。
聞き及ぶところによりますと、運送会社の社長さんも一国の総理も、共に二代目とか。
ならば尚更に「ストレス社会」の遊泳法を伝授すべきではなかったのはないでしょうか。
現代社会を眺めてみますと「悉皆中流的生活」です。
換言するなら『ぬるま湯』にとっぷりと首まで浸かり、出るには外気温が寒そうだし、と言ってこのまま先の見えない状態のままに浸かっているのも不安だし…、と言う状況のようです。
この状況を打破するには「決断と実行」しかありません。
そしてストレス社会を生き抜くには『心の基礎体力』を涵養する従来の日本の生活自体が体力作りです。
例えば正座をして食事を頂きます。当然足が痛くなってきますが、痛みに耐えつつ食事をすることで我慢中枢を刺激して耐性が培われるのです。
昔なからの寒中訓練や暑さの中の土用稽古には、先人たちの血の滲むような体験からの効用があるのです。
―大燈記―
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【2007年9月号】
心身一如 ―試練が遺伝子をONにするー
残暑お見舞い申し上げます
五年間を過ごした本山(大本山總持寺)を乞暇して一年が経過したものの、まだ五年前の生活リズムに戻れていない状態です。
掛かり付けの医師に「その五年間は修行の五年だったろうが、既に老化を伴った五年間でもあったことを忘れないで下さい」と言われてしまいました。
還暦を過ぎれば「鍛錬」よりも「健康管理」を優先しなければならないようです。
とは言っても環境に適応するのが私たちの身体ですので、無理のない鍛錬の継続は必要でしょう。
「サムシング・グレート」でお馴染みの生物化学者である村上和雄先生が、アテネで開催されたオリンピックに於いて柔道史上初の三連覇を成し遂げた野村忠宏選手を例に遺伝子の話しをしている。
野村選手は祖父から三代目の柔道家だそうだが、彼の三連覇は決して順調なものではなかったらしい。野村選手は前回・前々回と二連覇した後、柔道から一時離れていたそうです。
その彼がカムバックして三個目の金メダルを獲得できたのは、勿論技術や努力によるものではあるが、それだけではなく「明確な目標を持っていれば、必ず壁は乗り越えられ、その重圧やプレッシャーを糧として頑張りたい」と出発前に語った、彼の精神力の強さがあったからこその偉業でしょう。
子供の頃から具体的な目標を持っている人は、その願望を実現させる確立が高くなるそうです。
そしてまた日々の訓練により、それに関する遺伝子にスイッチが入ってオンになり、その運動に必要な筋肉が作られて記録が伸びる。
それは眠っていた遺伝子が目覚めた結果である…、と村上和雄先生は言われている。
そしてまた、米国大リーグ・マリナーズのイチロー選手を挙げて「イチロー選手が米国の大リーグに行く決断をしなければ、彼の大記録は生まれなかった。イチロー選手の筋肉や運動神経にかかわる遺伝子の暗号そのものが、日本からアメリカに行って急に変わったとは考えられない。変わったのは、大リーグという世界最高の舞台で、彼の眠っていた遺伝子がオンになったのだと思う。実はイチロー選手も、かって野球人生最大の危機を抱え、苦しみで眠れない日があったという。それも日本野球界の最高のバッターとしての地位にあった時である。この苦しみも、彼の眠っていた遺伝子をオンにしたに違いない。苦しみも、それを克服出来れば、良い遺伝子がオンになることもあり得るのではないか」と…。
喝破道場の生活には道元禅師から七五〇年、釈尊から二五〇〇年の歴史と実践に裏付けされた、眠っている遺伝子をオンにするカリキュラムと修行に恵まれた環境があります。 現代の物質的に恵まれたぬるま湯的な生活環境の中で、素晴らしい遺伝子を持った若者たちがその能力を活かされないまま足掻き苦しんでいます。
その状態を「ニート・引きこもり」と言います
隠された能力があればあるほど苦しみは深く大きいと思います。
その遺伝子をオンにするには『求める心』(念ずる心)が必要なのです。
―大燈記―
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【2007年8月号】
いのち大切に―一ヶ月使った風呂水が飲める?ー
札幌の宗門関係から講演にお呼び頂きました。
講演が終わってホテルのルームに入ると夕刊が置かれてあり、広げると経済面の一角に「オゾン殺菌お風呂清潔」とあった。
北海道空知管内栗山町の特別養護老人施設が、道内の高齢者施設に先駆けてオゾンを活用し浴槽内の細菌やウイルスを死滅させる濾過装置を導入したと言うものです。
この装置は高知県のベンチャー企業が開発したもので、オゾンの殺菌効果は塩素の六〜七倍あり、レジオネラ菌やノロウイルスも除去できる他、塩素で分解できず細菌の餌となる人体の垢や脂も取り除くそうです。
浴槽のカビやぬめりも付かない上、高知県食品衛生協会の検査で一ヶ月間循環させた浴槽水が「食品衛生法の飲用に適合する」と判定されているそうです。
それが可能なので災害時には浴槽水を飲み水としても転用可です。
導入前には毎日水の入れ替えを行っていたのを二週間に一度に減らしたために、一ヶ月の水道代金を九万円削減する事ができ、将来は更に水の入れ替えを三ヵ月に一度に減らす方向だそうです。
イナクスと言うトイレ関係のメーカーが開発した水洗トイレは、わずか六gの水で処理できる優れものです。
バブル期のトイレは十四〜五gの水を使用しないと汚物を押し流すことができなかったことからすれば大節約です。
これも「やれば出来るじゃん!」と拍手喝采ものです。
この製品化に誰よりも嬉しく満足したのは開発の関係者でしょうが、これらの発想原理を活用することにより社会構造が大きく変わるのではないでしようか。
贅沢がモノの命を粗末にすることなら、吝嗇(りんしょく)は命の抑圧と言えるかも知れません。
仏道は何れにも偏らない中道主義の清々とした生活を二五〇〇年の釈尊以来提唱して来ています。
その工夫と実践が生活の中での「禅」修行の楽しみだと思います。
喝破道場が二十四間風呂を導入して一〇年を経過しましたが、そのきっかけは今年のような水不足の折だったと記憶しています。
この地は国立公園内海抜四〇〇bの高地なので、水道は県立の少年自然の家や国民休暇村など公共施設が使用している県営水道を使わせて頂いており、料金が市営水道の三倍かかっています。
それだけに入浴の度にたった一度で使用に約一〇〇〇gもの水を捨ててしまうのが勿体なくて、熱帯魚の飼育器を参考に手製の循環器とフィルターを考案して様々に試作したものです。
児童福祉施設「若竹学園」のし尿処理を、琉球大学比嘉教授指導のもとEM菌(有効微生物菌群)を使って行ったのも当時としては画期的なことでした。
その後の道場のし尿処すべてEM菌の助けを借りて、自給自足の農行(道場の『農』は修行としての位置づけにあります)で最も大切な堆肥作りや農作物の液肥として活用されています。
あらゆる無駄を排して命を活用しきることこそ道場運営の根源『節約=いのち大切に』となっています。
毎朝の坐禅後と食事毎に唱える偈文中の『喝破五訓』《いのちを大切にする人間となろう》は決して空念仏ではないのです。
―大燈記―
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【2007年7月号】
?啄の教育―求道力と教育力―
喝破道場で若者自立塾が開塾して一年を迎えました。
その間に迎え送った塾生達から多くのことを学ばせて頂きました。
そして気づいたことは、「学ぼうとする気持ち」と「教えようとする気持ち」の両輪が一致しないと成果は少ない、と言う事です。
禅語に「?啄同時の機」と言う言葉があります。
出展は碧岩集で【師家と学人と一如一体の素晴らしき働き。卵が孵化する時、雛が殻の中で啼くを?(そつ)と言い、その瞬間に親鳥が外からつつき破ることを啄(たく)と言う】と禅林句集にあります。
卵の殻の中の雛が「生まれよう!」と言う強い意思で啼くのを母鳥その声で位置を察知して殻の外より(つつく)と言うのです。
いくら「産まれさせよう!」と母鳥が思っても、意思表示がなければ為す術がありません。
また反対に、殻の中から全身全霊で意思表示をしても、親鳥に殻を破って誕生させる行為がなくては産まれ得ません。
両者の思いが一致した時に大事が成し遂げられるのです。
不登校やニート・引きこもりの人たちに手を差し伸べて何とか登校や就業に繋げたい、と活動している個人や団体の数は日々に増えて数え切れないのが実情です。
それに対して一説に三〇〇万人とも言われている引きこもり(ニートは約七〇万人)の中の幾%の者が「脱出したい!」と真剣なサインを出しているだろうか
引きこもり状態でありながらも、その意識のない人たちもいますし、衣食住に事欠かない『快適空間』を提供されていたのでは、不快適な娑婆世界に飛び込む気持ちにはなれないかもしれません。
すべての「学び・修行」の成果はその人の【求める心】の比重と『如何に与えるか』の教育側にかかっています。
「学道はすべからく貧なるべし」とお祖師が申されていますが、モノに溢れた中流意識の中からは「貧」の実感は不可能です。
どうすれば「脱出したい!」と真剣に考えるようになるだろうか?が大きな課題となっています。
その為には「きっかけ」が必要のようです。
それは本人が「このままでいいのだろうか…」と口に出し、または不安を訴えたときです。
その時に間髪を入れずに受け入れ施設に誘うことです。
幸いにして喝破道場は瀬戸内海国立公園の一角に位置し、恵まれた大自然の中で自然の放つ癒やしのパワーを全身に受けて生活をしております。
その生活の基本は「集団生活」です。塾生たちは所謂「集団力動」の中で成し得なかった体験を積み重ねて行きつつ、喪失してしまっていた自信を回復していくのです。
その為に「体力」「気力」「思いやり」の基本を道場での生活の中で積み重ねていきます。
そのためのプログラムが午前五時起床に始まる道場の生活です。
そして今まで重くて持ち上がらなかったものが持ち上げられ、耐えられなかった足の痛みの正座や坐禅が苦痛でなくなり、笑顔で他の塾生と語れるようになった時が卒塾の時です。
ー大燈記ー
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【2007年6月号】
先度他−世法と仏法の考え方−
参禅や研修等で入山された方が戸惑うのが「食作法」のようです。
道場では禅門の規矩に従って五点セットの応量器を使用しているので、まずその並べ方や扱いに閉口しているようです。
更に、一同が会しての食事なので調理されたものをお互いの食器に装い合うのですが、習慣的に先ず自分の器に菜を満たしてから次に他の人に…、としてしまいます。
すかざす古参の誰かが言います「自分のは後!」と。
また菜を装ってもらって当然のような態度の人も居ます。
そのような時には「貴方のために菜を装って下さっているのだから感謝の意を込めて合掌して受けなさい」と注意されてしまいます。
装ってもらって当たり前、ではなくて「私のために装って下さっている」と言う感謝の気持ちが必要です。
それは決して装う人を見下したり横柄なためではないのです。マナーを知らないのです。
重ねて言うならマナーを教わってないのです。
教えなかった為に吾が子が恥ずかしい目に遭うとするなら、それは厳しい言い方だけれども親の責任と言えるでしょう。
ここに家庭教育の重要性が存在すると思います。
聞いたことのある仏教逸話に「天国と地獄の食事」があります。
この食堂の特徴は円形の大テーブルを使用していることと、箸やスプーンの柄が異常に長いことだけで、他には卓に並んだ料理もは地獄も極楽も同じものだけど、極楽の人達が集まって採る食事の風景は和気藹々として見る者をして楽しくなります。
しかし地獄の人達が集まっての会食風景は殺気立ってすらいます。
どうしてだろうか、と観察してみると、極楽の人たちは長い箸を使って前のテーブルの人に「何をお取りしましょうか」と聞いて料理を長い箸で相手の人の口に運んであげるそうです。
すると先に取ってもらった人は今度は「有り難う。では貴方は何にしますか…」と言う食事風景でした。
地獄の人たちの食事は、長い箸やスプーンを使って自分の好きな料理を我先にと自分の口に入れようとするのですが、箸やスプーンの柄が長過ぎて横の人に当り、料理がこぼれ落ちたりして上手く自分の口に入らないのです。
そこで横の人と罵り合いになったりして騒然とした食事風景になってしまうのです。
道元禅師は「自未得度先度他」と申しました。天台宗を開かれた最澄禅師は「忘己利他」と言われました。
共に「自分の事は後でいいのです。他の人の事を先に考えてあげてください」と言われています。
大切なことは、生活の中でその教えが実践されているか、また自分自身のみが実践しているだけではなく、家族や周囲の者とも共に実践されているか、が大切ではないでしようか。
でも考えてみると「先ず自分」が現代の常識かも知れません。
しかしその常識の結果がこの荒んだ社会を作ったと言えます。
「押してダメなら引いてみよ」の諺もありますので今度は「自分を後に」と言う生き方を選択してみてはどうでしょうか。
「自分が先」が世法なら「人を先に」は仏法の常識なのですから。
―大燈記―
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【2007年5月号】
自然石に学ぶ−ブロック積み社会から石組み社会に−
先日開催された「喝破会」夜の懇親会では、多士済々のメンバーだけに話題も縦横無尽で尽きるところがなかったが、横浜マリノスの岡田前監督もおられたことからサッカー選手の話となった。
試合中には選手たちは水も漏らさぬチームワークでの試合展開だが、試合が終了すると試合中とは打って変わって選手同士の会話が少ないと云う。
皆それぞれが一騎当千のつわもの揃いでそれだけに個性が強い。
その選手たちを適材適所に配置して試合に臨むのが監督の仕事だと言うのだ。
私はその話を聞いて、道場草創の頃を思い出した。
自分の庵を作ろうとしていた頃だが、建物には基礎が必ず必要なので、常識としてコンクリートかブロックを使用しようと思ったが、資材を購入する資金がない。
仕方がないので最も原始的な方法だが、山林に散在する大小様々な石を集めてブロックの代用にしようと考えた。
しかしどの石一つを取ってみても凹凸変形して同じ形のものがないので安定性がなく、ブロックのような単純な積み上げができない。
出来ない、と言って諦めてしまっては念願の庵が作れない。
なんとか石が上手く積み上げられないものか、と多様な形の石の面と面を添わせてみた。
そして気付いた。石の凹の部分と凸の部分が上手く噛み合えば石はがっちりと組み合って動かない。
凸の部分と凸の部分がぶつかり合っては安定しないし、凹の部分と凹の部分でも安定を欠く…。
そう考えて共に異なる形の右手の石と左手の石が噛み合う位置を動かしながら探してみた。
あるある、必ずがっしりと噛み合う場所がある。やっているとまるでゲームのように石組みが面白くなってきた。
考えてみると日本の城の石垣も同じ形に細工したブロック積みではない。
だからこと大小様々な形の石が噛み合って地震にもびくともしない頑丈さと造形美を備えている…。
それが解かってからは庵の基礎を手始めとして開墾した畑の法面や道路の排水溝まで石組みをした。
この組み合わせは決して石組みのみではなく「人組み」にも共通するものだと思った。
人には必ず短所もあるが同じように長所もある。
個々の選手の長所と短所を見抜いて組み合わせて一団となして駒を進めるのが監督であり、企業組織にあっては社長や管理職の任務なのだろう。
しかし人材は素材を活かし切れなければ売り手も買い手も大きな損失となる。
今までは組織運営の利便性の為に規格統一された「使い易い」人材のみを求めようとし、またその要望に応じて人材育成しょうとする傾向があったろうが、今までになかった「不登校・ニート・引きこもり」と言はれる人たちが居る現代こそ個々のもつ特性を活かす教育の必要性を感じる。
ヒトは完成に向かって日々努力していくものだから現時点が未完成であってよく、その中で長所は更に伸ばし短所を補っていくことこそが素晴らしいことである。
―大燈記―
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【2007年4月号】
海から学ぶ生命の法則−生き活き生きるための鉄則−
海技免許の書き換えを機に一級免許の講習を受講した。
20幾年も以前に受けた講義内容はほとんど忘れていて恥ずかしい思いをしたが、教官の「海の波と人間の呼吸数は共に一分間に17〜8回。
そしてその数字の倍が体温で35度。その体温の二倍が脈拍の70。脈拍の二倍が血圧の140。その二倍の数字が280目で胎児が母の胎内に居る日数。
でもこの問題 は試験に出ないから…」まさに目からウロコ状態だった。
あらゆる存在は海を母として生まれ育ち進化して現在に至っているが、幾人の人が今尚も母なる海を意識して生活しているだろうか。
人が人として生きる基本姿勢があるとするなら、それは海を畏れ海に学び海の清浄を守って海を汚さないことではないだろうか。
それはそのまま自分自身を愛うことであり、あらゆる存在の生命を尊重することに他ならない。
考えてみると我々人間は海を余りにも軽視し酷使して来た為に、天に唾した結果を様々な現象として受けている。
その顕著な例が様々な温暖化現象ではないだろうか。
@海面水位の上昇による陸地の水没危機
A異常気象による豪雨・干ばつ等
B生態系への影響による遺伝子の減少
C異常気象による砂漠化の進行
D水不足の発生
Eマラリア・コレラなどの熱帯性感染症の増加
F気温上昇による穀物生産の低下と食糧不足問題
G高温による冷房などの消費エネルギー増加によるエネルギー不足などなど。
道場での洗面は道元禅師の「半杓水」の教えを守って柄杓に一杯と半分の水で漱ぎ洗面している。
トイレは有効微生物菌(EM菌)を活用して液肥化して肥料とし、農薬も科学肥料も使用していない。これからも道場に出来ることを実践して行きたい。
―大燈記―
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【2007年3月号】
教育の根幹「塾生寮」完成−七〇〇年来の教育法に学ぶ−
若者自立塾での教育の根幹をなす塾生寮開寮式が二月十九日の午前十一時より執り行われました。
開寮式には茨城県日立南ロータリークラブの会長さん等五名の方が、そして静岡県のオアシスの会代表の今仁節子さまがそれぞれ遠方より若者自立塾のための支援金贈呈のためなど、総勢約五〇人の方がご参列下さいました。
開寮式典でのテープカットは日立南ロータリークラブの代表様。オアシスの会代表の今仁様。そして曹洞宗四国管区長星野老師と?喝破道場を代表して川原芳夫等四名の方がお勤めくださいました。
落慶式典は場所をペアハウス「随流荘」に移して行われました。
塾生寮の名称は最終的に「衆寮」と命名させて頂きました。
古来、禅宗寺院には七堂伽藍と言う修行に必要な建物が整備されていましたが、現代に於いて人づくりを目指す喝破道場「若者自立塾」では「坐禅堂」「厨房・食堂」「武道場」と共に、寮生が洗面し排便し眠り憩う「衆寮」と言う建物は必要不可欠なものです。
それはただ「眠れればよい」と言うものではなく「教育」が主目的だからです。
今回の衆寮は、従来の「男子寮」を改築して十一室の個室と広めの和風「くつろぎ空間」を作り、新たに増築した建物に「トイレ」「洗面所」、そして洋風の「くつろぎの場」と少し狭くはありますが副塾長の居室を設けたものです。
洗面所の洗面台は従来使用していた石製からオールステンレス製とし、水槽には蓋を取り付けるなど健康面に配慮しましたが、基本的には「水は生命そのもの」と言う道元禅師の『半杓水』思想を踏襲したものです。
喝破道場での教育特徴は座学や体験学習のみが教育ではなく《行・住・坐・臥》の二十四時間教育にあります。
塾生たちは起床の合図と同時に床を離れて排尿・洗面と動作しますが、洗面は先ず洗面器に水槽より柄杓で一杯の水を入れ、次いで二杯目の水を柄杓の半分だけ洗面器に移し、残りの半分を元の水槽に戻すのです。
そして歯を磨いて洗面器の水で口灌ぎ、洗面を行なうのです。
何故そのようにするか?それはその一杯半の水量があれば充分に洗面が可能だからです。
多くの一般家庭や特に公共施設・ホテル等では蛇口の水を放出しながら洗面しています。
洗面を行なうのに、最低どれほどの水量が必要か考えて蛇口のコックを捻っている御仁がおられるでしょうか。
柄杓に一杯と半分、つまり約八〇〇tの水があれば洗面は可能なのです。
その必要以上を使用することを
古人はその行為を「勿体ない」と言ったのです。
喝破五訓の中に「いのちを大切にする人間となろう」とあります。
あらゆる生命体の根源は約三十五億年前の海中に生じ、気の遠くなるような年月をかけて進化を繰り返しつつ約一〇億年前に陸上へ現れたとか。
人体の七〇lが水分であり、血液中の八十二lまでもが水分で脳の七十五lもまた水分だと言われています。
正に【水は生命】そのものです。その水を疎かにすることは己自身を疎かにすることに他なりません。
道場の教育はかくの如しです。
―大燈記―
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【2007年2月号】
「いのちの置きどころ」−すべては教育に終始する−
今年元旦は道場が企画した「自覚めの集いと旭日遥拝の集い」のお蔭で三十一年ぶりに初日の出を拝むことが出来ました。
真闇の東の空が徐々に明けて雲海を真紅に染めながら,大いなる生命が生み出されるかの如くに太陽が姿を現した時には、思わず合掌して何か熱いものがこみ上げてきました。
間違いなく新しい生命、新しい歳が確実に誕生したと言う実感でした。
久しぶりにテレビを観ると『白虎隊』を放映していました。
元号が慶応から明治に変わる十六日前の八月二十三日(現暦十月八日)、戊辰戦争で平均年齢十六才の少年たちが自決します。白虎隊隊員約二十名です。
道に迷ってはぐれた為に生き残った者に酒井峰冶がいます。
物語の中で母の酒井しげが語ります。
「武士の子として生まれたからは、いずれは会津の為、殿様のために死ななければならない吾が子の命。それを思えば尚更に愛おしくてならないが、優しくしては恩愛の絆が深まり却って本人を苦しめ悲しますだけで義が曇ります。それ故に心無くも冷たく関わってきました…」と。
「喝破道場」の名付け親は和田邦坊画伯です。
画伯には大変可愛がって頂いて今の道場が存在します。
和田画伯は七〇才近くになってお坊ちゃまが誕生しました。M君です。
その祝宴のおりに「まるで卵のように愛くるしいお子さまで…」と言うどなたかの祝辞を受けて、口の悪い人が「タマゴではなくて<マゴ>じゃないの?」と言った、と言う話を聞いたことがあります。
成長して高校に通学していたM君がある日突然に父の画伯に聞いたそうです。
「どうして高校を卒業しなければならないの?別に学歴がなくても自分が本当にやりたい道を進んでよいのでは…」
画伯は「その通りだ。お前がやりたい道を進めばいい」と答えたそうです。
その直後に画伯より呼び出しの電話がありました。
「実はMが高校を中退したいと言う。とんでもないことだ。でもワシはどうしても反対できずに賛成してしまった。お前は絶対にMの高校中退を阻止しろ」との厳命。
M君がなんとか高校中退を思い留まった報告をすると「有難う。有難う。ワシは自分の年齢からしてMの成人式を見届けることができるかどうかも危うい。それを思うと尚更に愛おしくて仕方ない。膝の上にも抱いてやりたい。すべて欲しい物は満たしてやりたい。でもそれをすればMはワシが死ねばどんなにか悲しむだろう。それをさせたくないからワシは自分を抑えてMと直接会話することも避けているんだ…」と目に涙しながら語られたことが、酒井しげの言葉と重なり合いました。
欲しがる物をすべて与えることが親の務めであり愛情であると信じて疑わない現代の親子共通意識の時代に、与えたいけれどもわが子の将来を考えて敢えて与えない、と言う苦渋の愛情を幾人の人が理解されるのでしょうか。
あの初日の出のように燃える如き「生命」はみな平等だけど、「無知の教育」と言う関わりが雲となって覆いかぶさるのはとても残念です。
―大燈記―
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【2007年1月号】
「道環を生きる」―亥の年を一途に生きようー
謹みまして 平成19年新春の お慶びを申上げま。
旧年中に頂きましたご法愛・ご支援を心より感謝申し上げます。
昨年後半は大本山總持寺を乞暇させて頂いてより若者自立塾への取り組み開始と言う助走期間でしたが、本年の「猪の歳」にあやかりまして歩みを一途に定めたいと念じております。
略儀ながら紙上を借りまして年頭のご挨拶とさせて頂きます。 大燈 九拝
今年は「亥の年」日本社会を支えて来た団塊世代の方々の先陣組が、檻から放たれて自由を得た猪の如くに? ドッと巷に躍り出る年のようです。
昨年末の12月1日。地区の自治会長さんより電話が入りました。「五色台少年自然の家近くの県道を大きなイノシシが横断していたので、道場は幼い園生も居るから特に気をつけるように…」とのことでした。
「えっ、イノシシが出るのにはまだ一カ月早いのでは…?」とは寮生の弁でした。
私の瑞応僧堂修行時の堂頭楢崎一光老師が口癖のように言われていたお言葉に「修行は道環じゃ…」があります。
修行には終わりも始まりもない、と言われるのです。 今年は亥の歳で昨年は戌の歳。そして明年は十二支が一巡して「子の歳」です。
同じく今月は昨年12ヶ月の暦が一巡して新年のお正月です。
先日の大晦日11時45分から元旦零時15分まで、道場恒例の『自覚めの集い』が回を重ねて第31回が催されました。
境内中央に設えられた特設護摩壇を中心にして坐禅スタイルで円陣に座った参加の皆さんに、私は零時を合図として「皆様明けましてお芽出度う御座います」と申しあげます。
でも何が何時明けたのでしょうか? 私は自分が喋りながら何時も心にしこりを感じていました。
でも考えてみますと、午前と午後は連続しているのです。 大晦日と元旦には区切りも途切れもないように、自然の摂理にも区切り途切れはないのです。 時間の経過の中で全てのものが変化して行っているのです。
ですから動植物には変化の意識はないのでしょう。 何故なら常に変化と共に自身が変化して行っているからです。
ただ人間のみが自己の生き方の都合のために時間を切り刻んでいき「文化」と称したのでしょう。 十二支・還暦・一年・十二ヶ月・四季・一週間・午前午後…と。
亥の歳の活動は既に戌年の中に在って「道環」しているのです。
昨年末のイノシシ出現は「亥の歳の助走」を暗示したものだったかも知れません。
よく目を凝らしてみれば何も迷うことも恐れることもありません。
人生の大河のような流れの中で、【今】やらねばならないことに集中して取り込むことこそ総てではないでしょうか。
ならば喝破道場も、本年は「道環」の中の亥にあやかって腰を据え、焦点を一点に絞って一途に「若者自立塾」の活動に専念してまいります。 本年もよろしくご指導・ご支援のほどお願い申しあげます。
―大燈記―